最高裁判所第三小法廷 昭和23年(れ)1197号 判決 1949年2月22日
主文
原判決を破毀する。
本件を福岡高等裁判所に差戻す。
理由
辯護人鶴田猛の上告趣意は末尾に添附した別紙書面記載の通りである。
辯護人鶴田猛の上告趣意第一點について。
所論の如く原判決は昭和二一年勅令第五二號有毒飲食物等取締令第四條第一項前段を適用していることは判文上明らかである。そして原判決の認定した事実によれば、本犯行は右勅令第五二號の改正前に行われたものであるから、改正後の同令の刑が改正前の同令の刑よりも輕い場合でなければ行爲時法たる改正前の同令を適用すべきものであることは刑法第六條により明白である。按ずるに改正前の同令の規定が故意犯のみを處罰することとなっているに反し、改正後の同令は過失犯をも處罰することとなっており且つ改正前と異り刑法第六六條の適用を廢除している等の點に鑑みるときは、改正前の同令よりも厳罰主義をとったものと言わなければならないばかりでなく改正後の同令の刑は改正前の刑よりも輕くなったと見るべき點は少しもない。然るに原判決は改正前と改正後における刑の比較をもなさずして漫然改正後の同令を適用したことは擬律に錯誤があるといわなければならない。もっとも改正後の同令第四條第三項によれば刑法第六六條を廢除したにかかわらず原判決は原審相被告人に對し刑法第六六條を適用している點から見れば、原審においては改正前の同令を適用したものではないかとの疑もおきるのであるが、判文は明らかに昭和二一年勅令第五二號有毒飲食物等取締令第四條第一項前段(改正前の同條第一項には前段、後段の區別はない)と記載しているので、改正後の同勅令を適用したものであると言はざるを得ない。
次に原判決は「右品物がメタノールであるとのはっきりした認識はなかったが、之を飲用に供すると身體に有害であるかも知れないと思ったにもかかわらずいずれも飲用に供する目的で」メタノールを所持又は販賣した旨を説示しているので、原審においては被告人は中野荒一から買受けた本件物件がメタノールであるというはっきりした認識はなかったものと認定したと言わなければならない。しかしながら原判決は被告人の本犯行を故意犯として處罰したのであるから、判示の「之を飲用に供すると身體に有害であるかも知れないと思った」事実を以て被告人は本犯行について所謂未必の故意あるものと認定したものであると解せざるを得ない。しかしながら身體に有害であるかも知れないと思っただけで(メタノールであるかも知れないと思ったのではなく)はたして同令第一條違反の犯罪についての未必の故意があったと言い得るであらうか。何となれば身體に有害であるものは同令第一條に規定したメタノール又は四エチル鉛だけではなく他にも有害な物は沢山あるからである。從ってただ身體に有害であるかも知れないと思っただけで同令第一條違反の犯罪に對する未必の故意ありとはいい得ない道理であるから原判決は被告人に故意があることの説示に缺くるところがあり、理由不備の違法があると言わざるを得ない。(擬律錯誤があるとの論旨は採用しない)
次に原判決の認定した事実によれば被告人が原審相被告人等と本件メタノールを共同して購入したことは明らかであるが、本件メタノールを所持した事実及び販賣した事実は、被告人の單獨行爲であって原審相被告人等と共同行爲でないことは明らかである。從って原判決において被告人の判示所爲に對し刑法第六〇條を適用し相被告人等の行爲についてもまた共同正犯として責を負わしめたことは、擬律に錯誤があると主張する論旨は、理由がある。以上の理由により原判決は破毀をまぬがれないものである。
同第二點について。
原判決舉示の鑑定人北條春光の鑑定書によれば本件液體中に含有するメタノールは一立方センチメートル中約0、二グラム強であることは明らかである。しかるに原判決は被告人が所持し、且つ販賣した液體は、一立方センチメートル中、約0、二グラム強のメタノールを含有する液體であることを明確にしないで、單にメタノールと記載しているので、本件液體は全液悉く純粹のメタノールであると思はしめる表示方法をとったことは所論の通りである。判文を通讀すれば判文の趣旨は右鑑定人北條春光の作成した鑑定書記載同様のメタノール含有液を所持し且つ販賣した事実を判示するつもりであったであろうことを推測することは必ずしも不可能とはいえないが、正確を期すべき判示方法としては不完全であって、論旨の如き主張をなし得るものであるから、本論旨もまた理由ありといわなければならない。
よって刑事訴訟法施行法第二條舊刑事訴訟法第四四七條同第四四八條の二により主文の通り判決する。
以上は裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)